今年も当塾の塾生は全員が第一志望校に合格しました。
以下が第27期生の合格高校です。
なお、各学校の合格高校は、単数または複数です。
県立高
- 真岡女子高
- 茂木高
- 益子芳星高
- 宇都宮白楊高
食品科学科 - 真岡工業高
生産機械科
電子科
私立高
- 作新学院高
総合進学部
情報科学部 - 文星芸術大学附属高
普通科 - 宇都宮文星女子高
普通科 - 星の杜高
普通科 - 白鴎大足利高
総合進学 - 國學院大栃木高
文理コース - 岩瀬日本大高
日大進学コース
今年も当塾の塾生は全員が第一志望校に合格しました。
以下が第27期生の合格高校です。
なお、各学校の合格高校は、単数または複数です。
昨日で東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から13年が経った。
13年前のあの日は県立高校の合格発表日だった。
その年、全員が第一志望校に合格し、パソコンに向かって塾内向けのプリントを作っていた時に大地震が起こった。
その後、原発事故が起こった。あの時の恐怖と絶望感、悔しさは忘れられない。
それまで、国と電力会社は原発の安全神話を垂れ流し、原発の危険性を訴える人や集団を「危険人物」「危険な集団」とレッテル貼りをし、口封じをしてきた。
その結果があの原発事故である。
事故後、しばらくの間は原発を減らすような動きがあった。しかし、いつの間にか原発再稼働、原発使用年数の延長、原発の新増設など、原発を積極的に活用する方向に進んでいる。
地震が多い日本、しかも使用済み核燃料(核のゴミ)の保管場所さえ決まっていない日本である。
こんな日本に原発は向いていない。
能登半島地震があっても国は原発を積極活用しようとしている。
高濃度の放射性物質を含んだ汚染水は日々大量に発生している。そして「処理水」の海洋放出はこれからも続く。
福島第一原発事故の関連死の中には、生活苦による自死、将来の展望が持てないことによる自死も多いそうだ。
国は国民一人ひとりの生活や幸せを本気で考えているのか。
はなはだ疑問である。
本日は県立高校・一般選抜の合格発表日でした。
今年も当塾の塾生は全員が第一志望校に合格しました。
第27期生のみなさん、合格おめでとうございます!
新中1生は、中学校生活が始まる前の3月~4月入塾がオススメです。
「中学校に入ると部活動もあるので、中学校生活に慣れてから入塾させよう」「勉強についていけなくなってから塾を考えよう」とお考えの方もいらっしゃいます。
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E.H.カー(1892~1982)の『歴史とは何か』(清水幾太郎訳、岩波新書)は、はるか30数年前、学生時代に読んだ。
「史学科の学生なら読まなければならない本、読んで当然」と言われていたので、古本屋で100円で買って読んだのだ。
読んだけれども、中身はほとんど残っていない。
せいぜいが以下の一文である。
歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。
この『歴史とは何か』の新訳が2022年に出たので、手に取ってみた。
近藤和彦訳の新版は371ページの大著。
実は、興味を持って読んだところは今回新たに付け加えられたカーの「自叙伝」と「略年譜」だった。
今回も、分かったようで分からない。
30数年前に読んだ時と同じような感想というところが情けない。
本当に、歴史とは何なのだろう?
第170回芥川賞受賞作、九段理江著『東京都同情塔』を読む。
作者が「全体の5%くらいは生成AIを使っている」と発言し、文学界以外でも議論になっている作品だ。
正直、直木賞受賞の2作品と比べて読みにくいと思った。
これは芥川賞が「純文学」というジャンルの新人賞なので仕方ない部分ではある。
『東京都同情塔』の舞台は日本の近未来。
この物語は、現実とは違って、東京オリンピックはパンデミックの中、たくさんの犠牲者(死者)を出しながら2020年に開催される。
新国立競技場は、当初の計画であったザハ・ハディド氏が設計したものとなっている。
物語の日本社会は、異常なほどの寛容社会になっていた。
岡田斗司夫氏がいうところの「ホワイト社会」だ。
現実世界の日本もその方向に進んでいると思う。
「犯罪者」は「同情されるべき人々」で、彼らが快適に過ごす施設「シンパシータワートーキョー」(通称、東京都同情塔)が建設されている。
ジョージ・オーウェルのディストピアSF小説『1984』が頭に浮かんだ。
犯罪者にとって、「シンパシータワートーキョー」内はユートピアである。
好きな服を来て、好きな本を読んで、好きな映画を視聴して、快適に過ごせる。
しかし、実は完全な自由は与えられてはいない。
使用できない言葉があったり、自由に思考できなかったりする。
ここで暮らす人々は、使用禁止用語の存在自体忘れてしまっている。
ユートピアは、見方を変えればディストピアである。
『東京都同情塔』は難解な小説だった。
ちゃんと理解するためには、何回か読み返す必要がある。
時間を置いて、また読み返してみようと思う。
評判通りのすごい小説だったが、何かもやもやしたものが残った。
やはり芥川賞受賞作だからなのかもしれない。
本日より、一般選抜受験者を対象に「入試直前対策」を行います。
尚朋スクールは、3月2日(土)・3日(日)も含めて、入試前日まで全力でサポートしてゆきます。
一般選抜組のみなさん、最後までがんばってゆきましょう!
河﨑秋子著『ともぐい』(新潮社)を読む。
この作品は第170回の直木賞の受賞作だ。
新聞や雑誌の書評などでかなり評判が良かったが、まったくその通りのすばらしい作品だった。
舞台は明治後期(日露戦争直前)の北海道。
主人公は猟師の「熊爪」という男だ。
「熊爪」は自然と共に生きる。
その生き方は、人間というよりも獣のようでさえある。
力強い文体で、最初から物語にぐいぐい引き込まれた。
詳しい内容は差し控えるが、当初の予想を裏切り、物語は驚きの結末を迎える。
いくつかの書評でその結末(熊爪の死)が衝撃だったと書かれていたが、本当にそうだった。
昔の猟師の生き方、野生動物の生態なども知ることができて興味深かった。
私は知らなかったのだが、河﨑秋子さんの「動物文学」は以前から定評があったようだ。
これから河﨑さんの過去の作品を読んでみようと思う。
1月21日の東京新聞に、落語家の立川談四楼師匠のインタビュー記事が載っていた。
それを読んで、立川流の弟子たちの対談集『談志が死んだ ~立川流は誰が継ぐ』(講談社、2003年)を読み、その流れで談四楼師匠の『談志が死んだ』(新潮社、2012年)を読んだ。
談四楼師匠は七代目・立川談志の高弟だ。
私は談志のファンで、談志の高座を2回見たことが自慢である。
談志のCDはよく聴くし、年末にCDで談志の人情噺「芝浜」を聴くのが恒例となっている。
談四楼師匠は小説も書く噺家さんで、たくさんの小説を書かれている。
『談志が死んだ』は、入門から師の談志の死まで、自身と談志との関係と思いを書いた小説だ。
落語界の師匠と弟子という関係は非常に厳しいもの。
しかも、師匠が個性の強い、癖のあり過ぎる、あの談志である。
当然、尊敬、憧れ、嫉妬、葛藤、憎しみ(?)など、さまざまな感情が渦巻く。
小説『談志が死んだ』では、これらのことが包み隠さず書かれている。
さすが「小説も書く噺家さん」だ。
われわれ読者は怖いものを見るような感覚で、談志と弟子たちとのあれやこれやを知ることができる。
『談志が死んだ』は、たいへん魅力的な小説だった。
1983年、談志が弟子たちを率いて落語協会を脱退し、立川流を設立したのは、談志の弟子の談四楼さんと小談志さんが協会の真打ち昇進試験に不合格とされたことが原因。
その後の立川流の活躍は見ての通りである。
今日、2024年の2月25日は、落語協会が発足してからちょうど100年の節目の日。
その日にこの駄文を書いたのは、別に狙ったわけではありません。