第39回 Sさんの雪の句

昨日の午前中は雪景色だった。
「このまま降り続けると授業ができなくなるかも」と心配したが、雪は途中から雨に変わり、特に問題なく授業を行うことができてほっとした。

大人になると、雪が降るとうんざりする。
私の場合でいえば、「授業ができなくなるかも」「駐車場の雪掻きをしなければ」とか、「余計な仕事が増えて困るな」などと思ってしまうのだ。
純粋に雪を楽しめなくなっていることを残念に思う。

以下は、雪が降ると必ず思い出す句だ。

ゑみもしてあるくや雪の一日目

この句は、私の大学の先輩であるSさんの句である。
Sさんが当時所属していた俳句結社誌Kに掲載されたものだ(2001年4月号)。

そして、その結社の代表に取り上げられ、鑑賞もされていた。
この句、「笑み」と書かずに「ゑみ」と、そして「歩く」と書かずに「あるく」とひらがなで表記されている。
ここに雪の柔らかさ、ふわふわとした感じが出ていて、とてもいいなと思う。

Sさんは、大学時代から俳句を作り、学生にもかかわらず、東京にあったAという中規模の結社(会員・同人あわせて500人くらい)の同人だった。
若く、実力もあったため、結社の主宰からも可愛がられていたようだ。
しかし、主宰の急逝により結社Aは3つか4つに分裂した。
Sさんはこのどれにも属さず、まったく関係のない小さな結社K(神奈川県)に入った。
私は30歳前後の頃に俳句に興味を持ち、初学の初学のその時期にSさんから俳句の手ほどきを受けた。
その後、いろいろあって関係が切れてしまったのだが、それでもこの句をはじめとしたSさんの句は今でも大好きだ。

Sさんは当時の仲間(私の先輩)だった人たちとも関係が切れ、体調を崩し、長年住んでいた東京を去り、日本海側にある雪深い故郷に戻って行った。
その後、Sさんがどうしているかは誰も知らない。

Sさん、雪深い故郷で冬には雪の句を詠んでいるのだろうか。

第38回 池波正太郎 生誕100年

時代小説家の池波正太郎さん(1923~90年)が誕生して、今年の1月で100年を迎えた。
東京新聞では、1月30日と31日の紙面で特集を組んでいた。
30日の記事では、作家の今村翔吾さんが池波さんに対する熱い思いを述べていた。

池波作品を愛する作家さんは多い。
とくに、歴史小説や時代小説を書く方たちは、池波さんから大きな影響を受けているようだ。

私は、池波作品のほんの一部しか読んでいないのだが、登場人物たちは人情味があって、立ち居振る舞いがスマートで、とても魅力的という印象がある。
彼らは人間や社会の表も裏も分かっていて、それでいて情に厚く、正義感が強くて、こんな人が職場の上司だったり自分の師匠だったりしたら幸せだなと思う。

新聞の記事を読んで、久しぶりに池波作品を読もうと思い、『剣客商売』の第一巻を読み返している。
60歳の剣術家・秋山小兵衛、やっぱりカッコいい。
というわけで、最近は寝床で『剣客商売』を読んでいる。

根深汁すすり池波正太郎

この句は、昔(15、6年くらい前、もっと前かも?)に作ったもの。
自分でも気に入っている句です。

第37回 「週刊朝日」休刊

国内最古の週刊誌である「週刊朝日」が今年の5月末で休刊になるそうだ。
休刊といっても実際は廃刊だろう。

「週刊朝日」の創刊は1922年、100年の歴史に幕を閉じることになる。
2012年7月~9月の平均印刷部数は約20万部であったが、昨年の同時期は約7万4千部にまで落ち込んでいたそうだ。

これまでに「週刊朝日」は何度も買って読んだことがあったが、ここ10年くらいはまったく買わなくなっていた。正直、おもしろくなくなってしまったからだ。
昨年の安倍元首相銃撃事件後、自民党議員と統一教会の問題が表沙汰になった。
「週刊文春」や「週刊新潮」がこの問題を頻繁に取り上げるようになっても、「週刊朝日」はなかなか取り上げなかったように感じた。
取り上げないどころか、この問題を避けているような印象を受けた。
もちろん、毎週チェックしていたわけではなかったが。
私個人としては、すっかり興味がわかない雑誌になってしまった。

「週刊朝日」には「山藤章二の似顔絵塾」という投稿コーナーがあって、常連さんたちのイラストが掲載されていた。
常連さんたちにはそれぞれ独特の作風があって、見ていてとても楽しかった。
実は、大学時代のN先輩はこのコーナーの常連で、頻繁に掲載されていた。
常連さんたちで合同展覧会も行っていたようで、Nさんから招待状を頂いたことがある。
その時は予定がつかず行けなかったのだが。
ネットニュースで「週刊朝日」の休刊を知り、Nさんの顔が浮かんだ。
Nさん、寂しがっているだろうな。

ネット時代なので、紙の週刊誌が生き残るのは難しいのだろう。
最近はまったく買わなくなったとはいえ、昭和生まれで雑誌とともに育った人間としては、「週刊朝日」の休刊は少し残念である。

第36回 卒業生たちに元気をもらう

年末年始に卒業生たちからたくさんの元気をもらった。

一人目はS君だ。
冬期講習会前半最終日に塾に顔を出してくれた。
彼は首都圏にある難関国立大の3年生だ。
小6から卒業までの4年間、尚朋スクールに通ってくれた。
たいへんな努力家で、中学時代は常にトップクラスの成績を維持していた。
高校でも文武両道で上位にいて、大学合格時にも顔を出してくれた。
学業やサークル活動、アルバイトなどの学生生活や今後のことなどをS君らしい落ちついた口調で話してくれた。
コロナ禍で大変な状況ではあったが、充実した学生生活を送っているようで逞しさを感じた。
将来を見据えて大学院への進学を考えているそうだ。
夢を叶えるべく、これからも学業に励んでほしいと思った。

二人目は高校3年生のAさん。
1月3日、初詣の帰りにAさんのお母さんに遭った。
彼女は中3の春から1年間、尚朋スクールに通ってくれた。
中3の夏頃に、それまでよりワンランク上の高校に志望校を変更した。
担任の先生からは「無理だ、やめろ」と言われていた。
確かにその時点での学力では厳しかったが、本人の意志が固くパワーも感じたため、私は「死ぬ気でやれば大丈夫」と励ました。
それからのAさんの努力は本当にすごかった。
分からないことがあれば、粘り強く質問に来た。
授業のない日も自習室に通い、黙々と力強く勉強していた。
秋以降は「添削して下さい」と入試問題の英作文を何度も持ってきた。
家では、勉強の邪魔になるからとスマホを家の人に預けて勉強に集中した。
今回お母さんにお聞きして驚いたのだが、利き手が腱鞘炎になるくらいに勉強していたそうである。
実は、昨年のゴールデンウィーク明けにAさん本人から電話を受けていた。
高3春の時点で英検2級に合格したこと、勉強や成績、志望校のことなどを話してくれた。
高校での成績は驚くほど高成績だった。
志望校(学部も)を決め、指定校推薦での入学を考えているとのことだった。
「尚朋スクールに入って、私の生き方が変わったんです」と、うれしいことを言ってくれた。今回、お母さんからも熱い感謝の言葉を頂いた。
お母さんの話では、予定通り志望校を受験し、もうすぐ結果が出るそうである。
合格は間違いないと思う。
合格の報告に来てくれると思うので、その日を楽しみにしている。
無事合格すると、Aさんは私の大学の後輩になる。

三人目は高校1年生のMさん。
彼女は中1の冬から尚朋スクールの塾生となった。
仕事始めの1月4日、塾のポストにはMさんからの手紙が届いていた。
年賀状ではなく手紙を書いてくれたのは、我が家が喪中だと知ってのことだろう。
封筒の中には私への手紙と妻への手紙の2枚の便箋が入っていた。
Mさんらしい細やかな心遣いだ。
手紙には高校での勉強は難しいががんばっていること、中学校にはなかった部活に入り世界を広げていること、同じ高校に進学した子たちがみんな元気であること、昨年がんばった冬期講習会の思い出などが書かれていた。
さらに、当塾の中3生への激励の言葉も書かれていて大きな成長を感じた。
「近いうちに友達(卒業生)と遊びに行きたいです」と書いてあった。
もちろん大歓迎だとMさんへ返事を書いた。

尚朋スクールの卒業生たちがそれぞれの場所で一生懸命に頑張っている。
そして、私たち講師への感謝の言葉や尚朋スクールで学んだことなどを懐かしそうに話したり書いたりしてくれる。
この仕事をやっていてうれしいと思う瞬間である。

毎年、お正月や春に卒業生や保護者の方から元気をもらう機会が多い。
卒業生たちもがんばっている。
私もがんばろう。

第35回  アニメSF映画「地球へ…」

2022年の見納めの映画は「 地球 テラ へ…」だった。

竹宮惠子さんのSFマンガが原作。それをもとに映画化された作品である。
1980年の4月に公開された。

私は中学生の時に、テレビの再放送で初めてこの映画を見た。
この時の衝撃は忘れられない。

その後、何度か見たし、原作のマンガも何度か読み返した。
2007年にはテレビアニメ化もされ、それも見た。
いろいろと考えさせられる映画だ。

舞台はS.D.500年の未来の話。
人類はスーパーコンピュータ(人工知能)によって、完全に管理されていた。
人工授精によって生まれ、画一化された教育惑星で、無作為に選ばれた養親によって育てられる。
そして、14歳になると「成人検査」が行われ、それまでの記憶をすべて消される。
この検査に合格すると、健全な大人になるべく、別なステーションへ送られ、教育される。
成人検査に合格できなかったものは、ミュウ(新人類)と呼ばれ、抹殺される。

この世界観がすごい。
正直、独裁国家などでは同じようなことが行われていてもおかしくはない。
また、AI(人工知能)が進んだ現代では、映画の中のような危険性は十分に考えられる。

このような映画が1980年に作られたということに驚かされる。
ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984』にも通じる世界観だ。
この小説も参考にされているのではないかと思った。

この映画の登場人物たちは非常に魅力的だ。
そして、声優は当時活躍していた人たちだ。
井上純一、秋吉久美子、志垣太郎、薬師丸ひろ子、岸田今日子、神谷明、池田昌子、増山江威子、古谷徹、沖雅也の各氏。
そうそうたる顔ぶれだ。

志垣太郎さんは、昨年の12月に、同年3月に亡くなっていたことが発表され、代表作の一つに「地球へ…」が紹介されていた。

「地球へ…」は、「国家とは?」「人権とは?」「差別とは?」「共生とは?」など、いろいろなことを考えさせられる映画だ。

是非、中学生や高校生、大学生などの若い人たちに見てほしいと思う。

第34回 今年の3冊

毎年、「今年の3冊」を「保護者通信」で発表している。
2022年の私の「今年の3冊」は以下である。

  • 島田雅彦著『君が異端だった頃』(集英社文庫)
  • 鈴木忠平著『虚空の人』(文藝春秋)
  • 鈴木エイト著『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』(小学館)

上記2冊については、すでに当ブログで感想を書いた。
そちらをお読みいただければ幸いである。

今回は、残りの1冊、鈴木エイトさんの『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』(小学館)について書きたいと思う。

今年の7月8日、参院選の応援演説中に安倍晋三元首相が統一教会の2世信者に銃撃された。

この事件後、自民党と統一教会の長年に渡る深い関係と闇が少しずつ明らかになってきた。
安倍家は、三代に渡って統一教会とかなり濃厚な関係にあったのだ。
三代とは、安倍晋三元首相の祖父である岸信介氏、父の晋太郎氏、そして晋三氏自身である。

この本によれば、安倍元首相は、第一次安倍政権の失敗を機に、統一教会との関係をさらに深めていったようだ。
そして、いつの間にか一線を越えてしまったのである。
「親分(安倍元首相)がそうなら」と、多くの自民党議員たちも統一教会との関係を深め、切っても切れないものになっていった。
議員は統一教会に選挙協力してもらい、統一教会の教義が政治に反映されてゆくことになった。

約30年間、教団が反社会的な活動を続けていても、統一教会と自民党の関係について、大手メディアをはじめとしてほとんどのメディアは報道してこなかった。
「政治の力」が働いていたため、野放しにされていたのだ。
そして、多くの国民は、何も知らず、普通に生活していたのだ。
私もほとんど知らなかったので、真実を知り、非常に驚いている。そして憤っている。

約20年に渡ってこの問題を取材し続けてきたのがジャーナリストの鈴木エイトさんである。

エイトさんは、発表の場がほとんどなくても、取材を続け、統一教会と自民党との関係を追求してきた。
発表するあてもないまま原稿を書き続けていたそうだ。

もし、エイトさんがいなかったら、統一教会と自民党の関係は、ここまで明らかになっていなかったはずだ。

エイトさんは言う。

信者の人権を無視してその人生を奪う教団も問題だが、その信者を私利私欲のために使い捨てにする政治家は更に問題視されるべきだ。

ここにエイトさんの原動力がある。

政権与党である自民党と統一教会との関係は、今後も追求され続けなければならない。 『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』は、国民必読の書であると思う。

第33回 古本を売る

昨日、ブックオフへ行って、古本を売ってきた。
今年3回目の処分である。

昨日は、44冊の本を売って1,340円だった。
今年3回の合計は、74冊で2,415円。
ずいぶんと安く買い取られたなと思う。

それでも、本はどんどん増殖して置き場に困るので、定期的に処分しなければならない。
とくに、マンガがかさばる。

「メルカリで売れば高く売れるよ」とアドバイスしてくれた知人がいたが、なんだか面倒でやったことはない。
写真を撮って、ネットに上げて、売れるまで待って、売れたら梱包して送る。
買いたい側から値引きの交渉をされることもあるとか。
かなり時間がかかりそうだ。その手間を考えると、とてもやる気が起きない。

なかには、ブックオフで古本を買ってきて、それをメルカリで高く売って儲けている人もいるとか。
よくやるなと思う。

値段はともかく、不要な本を売ってくると、さっぱりして少し気分が良くなる。
掃除をすると気持がよくなるのと同じ。

俳人の長谷川櫂さんに次の句がある。

五千冊売つて涼しき書斎かな

本の整理はとても大変なのだが、なかなか楽しい作業でもある。

第32回 鮫島浩著『朝日新聞政治部』(講談社)

鮫島浩著『朝日新聞政治部』(講談社)を読む。

鮫島氏は朝日新聞の敏腕記者だった。
以下、著書略歴より。

(前略)2012年に調査報道に専従する特別報道部デスクとなり、翌年「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年に福島原発事故を巡る「吉田調書」報道で解任される。2021年に退社してウェブメディア「SAMEJIMA TIMES」を創刊し、連日記事を無料公開している。

本の帯には、「すべて実名で綴る内部告発ノンフィクション」と書かれている。
しかし、この本は決して下品な暴露本ではない。
本書を読んでいると、朝日新聞社という巨大メディアが、いかに官僚的な組織であるかがよく分かる。
朝日新聞が権力に取り込まれ、政権に忖度し、国民からの批判に萎縮し、腐敗してゆく姿が描かれている。
社内の権力闘争がお盛んである。
「新聞社がこれではダメだな」と思った。

もちろん、これは朝日新聞社だけのことではないだろう。
いわゆる全国紙、テレビではNHKや民放の各局(一部を除く)はどこも同じだろう。
なるほど、いわゆるマスメディアの切れ味が悪くなるはずである。
そして、ジャーナリズム精神の喪失、ネット社会への変化もあり、新聞の販売部数はどんどん減っている。テレビ離れも進んでいる。

この本には、全国紙朝刊販売部数の推移が書かれている。
1994年の朝日新聞の朝刊販売部数は822万3523部、2021年は466万3183部。

ちなみに、私が学生時代から30年以上購読し、今年の7月で購読を止めた毎日新聞は、1994年の朝刊販売部数は400万9317部、2021年は199万7076部。
毎日新聞もどんどんジャーナリズム精神を失ってゆき、ここ数年の報道は本当にひどかった。
毎日新聞の文化面は好きだったのだけれど、さすがに嫌気が差して7月いっぱいで購読を止めたのである。

現在、私は東京新聞と下野新聞を読んでいる。
大きな事件があったときは全国紙(朝日、毎日、読売、産経)にも目を通すようにしている。

鮫島氏は著書で言う。

インターネットの登場でオールドメディアは情報発信を独占できなくなり、メディアの多様化・細分化が進んだ。ITの力を借りれば、取材も執筆も編集も宣伝も制作も経営も一人でできる時代が到来したのだ。芸能人が芸能事務所を離れてユーチューバーになる時代である。巨大な分業体制の新聞社に競争力はない。一方で、たった一人の「小さなメディア」には勝機がある。

確かに鮫島氏の言う通りだと思う。
今では誰でも情報を発信できる。Twitterで話題になっている情報が、一週間遅れくらいでテレビでのワイドショーで放送されることも多い。
また、大手新聞やテレビのキー局では放送されないディープな情報をネットで収集できる時代なのだ。

ただし、私はオールドメディアである新聞が大好きだ。
やはり、新聞は電子版ではなく、これからも紙で読みたいと思っている。

『朝日新聞政治部』は非常に読み応えがある一冊だった。

第31回 アドレス帳

前回、昭和の終わりから平成になったばかりの風景を書いたので、今回もその頃のことを書こうと思う。

当時は、スマホは存在しなかった。
携帯電話はあるにはあったが、今の500mlのペットボトルよりももっと大きいサイズで、ほとんど普及していなかった。
みんな固定電話を使っていたのだ。
そして若者は、常に「アドレス帳」を持ち歩いていたのである。

アドレス帳は、今の小さな手帳、メモ帳くらいの大きさだった。
飲み会などで知り合ったりすると、お互いに、自分のアドレス帳に住所や電話番号を書いてもらったものだ。
気軽に書いたり、書いてもらったりしていた。
結局、アドレス帳に書いてもらっても、一度も電話をかけず、再会することなく、関係が終わる場合が多かった。
今の「名刺交換」くらいのノリだったのだと思う。


あれは私が大学二年生の時。
晩秋から初冬の頃、ちょうど今と同じ時期だった。
史学科(国史学専攻)の学生だった私は、国文科の友人Mと一緒の授業(国史概説)を受けた後、それぞれのアパートに帰るために一緒の電車に乗っていた。
車内に柔らかい日差しが入り込み、Mの顔を照らしていた。

二人で話をしていると、Mはカバンからアドレス帳を取り出してページを繰り始めた。
横に座っていた私に、自然とそのアドレス帳が目に入ってきた。
よく見ると、それぞれの名前の横に、AとかDとか、アルファベットが書いてあるではないか。
不思議に思った私はMに、「このAとかDって、何なの?」と訊ねた。
するとMは、少し気まずそうに「今の自分との関係」と笑った。

私は驚いた。そして、自分は一体何なのか気になった。
そこで、「俺は何?」と聞くと、Mは何のためらいもなく、私の名前が書いてあるページを見せてくれた。

そこには「B」と書かれていた。
一瞬の沈黙の後、私は「俺、Bかい?」と聞いた。
するとMは「まぁ、そんなところかな」と、にやけながら言った。
そして、二人で大笑いした。

Mは東京で就職し、数年間働いて故郷の福岡県に帰っていった。
その後、しばらくは年賀状のやり取りをしていたが、いつの間にかそれも途絶えてしまった。

Mは、今頃どうしているのだろうか?
三十年以上経った今でも、あの時のMの顔と車内の様子は今でもよく覚えている。

第30回 『現代用語の基礎知識』

昨日書店に行ったら『現代用語の基礎知識 2023』が平積みになっていた。
そういえば、そんな季節なのだなと思った。

学生時代からしばらくの間、毎年年末になると、『現代用語の基礎知識』、または同じような雑誌を買っていた。
類書としては、集英社の『イミダス』、朝日新聞社の『知恵蔵』があった。
どれも持ち帰り用に専用のビニール袋がついていた。

毎年11月なると、書店にはこの三種類が並んで平積みされる。その風景を見ると「もうすぐ一年が終わるのだな」と思ったものである。
昭和から平成になったばかりの頃だ。

当時、今年は「どれにしようかな」と悩みつつ、買ったものだ。
店先で悩むのも楽しかった。
実は、中身にそれほどの違いはない。
先発の『現代用語の基礎知識』がやや硬派な印象。『イミダス』が少し軟派、『知恵蔵』がその中間といった感じ(あくまでも、個人的な感想です)。

この3冊は、『広辞苑』くらいの分厚さがあって、これらが平積みされている風景は、なかなか圧巻であった。

これらの雑誌の存在はすっかり忘れていた。
ネットで調べてみたら、『イミダス』と『知恵蔵』は2006年11月で廃刊となったようだ。
今の時代、何でもネットで簡単に調べることができる。
『イミダス』と『知恵蔵』の廃刊は時代の流れなのだろう。

そのような中、『現代用語の基礎知識』はスマホが普及した令和になっても、まだがんばっている。これはなかなかすごいことだ。
ただし、ページは以前の半分以下になっている。

「昭和は遠くなりにけり」である。